やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。SS「八幡×戸塚」

 なんというか、もう戸塚と出会ってから随分と経つものだが、そして出会ってから今日まで、殆どの時間を一緒に過ごしてきたのだが、戸塚はどうも男子というものを勘違いしている気がする。というか、男というものに過敏になっている気がする。
 例えば一緒に銭湯に行った時。腰に手を当てて牛乳一気飲みするのが夢だったらしく、たまたま牛乳が売り切れていたのをひどく悔しがっていた。一方俺は風呂あがりにも関わらずMAXコーヒーで喉を甘く潤していた。
 例えば二人きりで旅行に行った日の夜。男同士の旅行では猥談をするものだと思っていたらしく(そう間違ってもいないんだが)、戸塚の方から下ネタを振ってきたのだ。
 俺はといえば、戸塚の口から下品な言葉が出てくるという現実に興奮していたら鼻血が出ていたようで、結局猥談どころではなくなってしまった。戸塚は俺の鼻の穴にティッシュを詰めてくれた。
「ご、ごめん…八幡、こういうの苦手だったかな…?」
 なんか戸塚の中で、俺のイメージがやたらピュアな方に傾いた気がする。違う、俺はお前に興奮していただけなんだ、とはさすがに言えなかった。
 そんな戸塚の勘違いのひとつが「風呂あがりにあまり体を拭かない」というものだ。
 一体どんな漫画で見たのかわからないが、戸塚の中では男たるもの、風呂あがりは水滴のひとつふたつ、扇風機の風で飛ばして乾かすものだと思っているらしい。
 プールや銭湯でやるのならまだいいが、自宅でそれをされると脱衣所がべしゃべしゃになるので勘弁して欲しい。
 そんなわけで、いつからか風呂あがり、戸塚の体や頭を拭くのは俺の仕事になってしまったのだった。
 今日も今日とて、もう何度目になったか知れない戸塚の体を拭く時間。相変わらずこいつの首周りは女の子よりも女の子のように細くて、少し指を滑らせれば肉の向こうにあるはずの骨の感触まで伝わってきそうだ。
 なので滑らせてみた。鎖骨の上に、指を。
「ひょっ、んぁ、ちょっ―――八幡っ!」
 相当くすぐったかったらしい。くすぐられたくらいで色っぽい声しやがって。
 そのまま脇腹でも突いてやろうかと思うが、さすがにこれ以上やると逮捕されてしまいそうな気がする。誰に、と聞かれれば、まずは最近の俺と戸塚の距離感をやたら気にしている小町にだろうか。
 もしそんなことになれば、そのまま即雪ノ下たちに5秒で密告され、お縄だ。あいつらなら本気でやりかねない。
「八幡?どうしたの」
 お前にいたずらしていたら逮捕される妄想をしていたんだ、とはこれまた言えない。適当に笑顔でごまかして、まだしとどに濡れている髪をタオルで拭ってやる。
 戸塚の髪はショートヘアではあるが、髪の量がそこそこに多く、またやわらかい毛質をしているだけに拭くのが結構大変だ。中途半端にしておくと毛の中で群れて汗になったり、毛が傷んでしまう。
「ねぇ、八幡もういいよ。十分乾いたって」
 焦れたのか、戸塚は俺の手から逃げ出してしまう。これもいつものことだった。俺がやたらとしっかり拭おうとして、戸塚はやたら適当に自然乾燥させたがるのだ。そんな調子でどうやってこれまでそのキューティクル保ってきたんだ。教えてくれ。
 戸塚はお気に入りのヘアバンドで、毛の一番多いところを持ち上げる。タオル地のヘアバンドは濡れた髪も汗も、全て吸い取って発散してくれる。
「ありがと、八幡。ほら、行こ?」
 笑顔に礼の一つで、日々の面倒も吹っ飛ぶ。こういうのも惚れた弱みというのだろうか。言うんだろうな。
 そして戸塚は脱衣所の扉を開こうとして。
 ふらっ、と。
「…あ、れっ?」
「彩加っ!」
 うちの脱衣所が狭くて、本当に良かった。
 とっさに伸ばした俺の手はなんとか無事に、後ろ向きに倒れこむ彩加の背中を捉えることが出来た。風呂あがりの暖かい体が、俺の右腕にのしかかっている。
「湯あたりでもしたんだろ。あんま長風呂するなって言ってるだろ」
「…体、冷やせないし」
 長風呂、サウナあたりにも戸塚はこだわりを見せていた。なんでもサウナは30分以上は入っていないと駄目だ、とか、お風呂は42度以上、とか。

「もう身重なんだから、あんま無茶すんな」

 それは、そういう意味だ。
 彩加の体は、もう彩加一人だけのものではない。彩加と、お腹の子と、こう言ってしまうのは非常に照れるし恥ずかしいし体力を使うのだが、俺の。

「は、八幡って時々恥ずかしいこと言うよね…」
「ん?」
 彩加がすごい照れている。顔の赤さは風呂あがりのせいというだけではないだろう。
「…もしかして、口に出てたか、今の…」
「うん」
 …なんだろうなこういうの。本心なんだけど、口から出した途端に陳腐化することってあるよな。正論を求めない空気とか、秘めてこそな言葉とか、口にしないならそんな言葉、何のためにあるんだろうって思う。
 けどまあ、やっぱなんというか。でもさ。
「八幡、照れてるでしょ」
 …頭の中がぐるぐるになっていることくらい、彩加にはお見通しのようだった。
 俺と彩加の、どこか間違った青春ラブコメは今日も続く。

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