カナクのキセキ


最近のライトノベルってどこもかしこも異世界転生かネットゲームな感じがしません?
ゴクドーくん漫遊記や魔術師オーフェンにハマっていた身としては、根っからのファンタジー系作品に飢えていたのですが、最近の作品に無いなら一昔前の作品を読めばいいじゃない、と気付きました。

概要

今回紹介する「カナクのキセキ」は富士見ファンタジア文庫の賞レースで金賞を受賞した作品を連載化したもの。
要は作者の方にとってのデビュー作。
ゆえにちょっと拙いと感じるところもありましたが、定番のファンタジー世界をベースにしつつ、きちんと作品の独自性と、読者のメンタルを揺さぶる要素が多く含まれていて、とても面白かったです。

ちなみに1巻の発売が2011年。
ファンタジーラノベを探して、電子書籍サイトを散歩していて見つけました。
今から紙の本で揃えるのは難しそうですが、逆に電子版ならセールのタイミングを狙えば安く揃えられるかも。

全5巻という程よい長さで完結済みなのもポイントです。
世のラノベは全部ちゃんと完結しろ。

一応ネタバレ部分は隠しておくので、任意で御覧ください。
ページ下部に置いておきます。

愛の話

「カナクのキセキ」の軸は何かと言えば、完全に「愛」。

この作品は、今どきちょっと恥ずかしいくらいにストレートに、愛をテーマにした話が繰り広げられています。

シンプルな男女の「恋愛」に限らず、友愛だったり親愛だったり敬愛だったりと、おそらく意図された上で、いろいろな形で表現される愛情が、この作品を回していきます。

話が進むにつれて、作品のスケールはだんだんと大きくなっていき、最後には世界全土を巻き込む話になるのですが、どこまで行っても登場人物たちの行動は、何かしら誰かしらへ向けた愛情が軸になっています。
おかげで、作中には「崇高なお題目」だとか、「常人には理解できない考え方」みたいなのが出てこないので、とにかく読みやすいのです。

とかく話が大きくなりがちなライトノベルにおいて、これは結構珍しい。

信仰の話

物語は、主人公であるカナクが、報われぬ己の恋を振り切って神職としてやっていくための、巡礼の旅から始まります。

そう、巡礼の旅です。
この作品の世界であるアレンシアには「マール教」という宗教が定着しています。
1000年前にこの世界に現れ、世界を旅して魔法の概念を布教、世界に広めて人々を救った賢者マールを称えるもので、人によって信仰の程度に差はあれど、世界中に偉人として認知されています。
(神様を称える宗教じゃないの地味に珍しい)

フィクション世界に出てくる架空の宗教、って大抵はとっつきづらいし、そんな知らない人を崇められても読者は困るし…ということが大半なのですが、「カナクのキセキ」はこの問題をうまくクリアーしています。

1巻のうちは、当のマールの話が出てきても読者にとっては知ったことではないし、どんなすごい人かとカナクの口から語られてもフーンで終わる話なのですが、これが1巻終盤から2巻以降にかけて、見え方逆転するギミックが仕込まれています。

「カナクのキセキ」1巻は正直全体的に薄味というか、淡々と話が進むところがあるのですが、その分マールに関連するギミックがより印象的になっています。

更に言うと、この1000年前に生きたマールの物語も、一貫して愛がテーマとなっていて、それが1000年後に生きるカナクにも繋がっているという。
実は目新しいことはあんまりやっていないんだけど、一貫したテーマを完遂しきったことで独自色が生まれているという、一風変わった作品です。

かっこいい男たち

愛がテーマである以上、異性愛は当然話の中心に深く食い込んでくるわけで、その分かっこいい男たちも多数登場してくれます。

カナク


本作の主人公。
赤ん坊のうちに親に捨てられ、マール教の教会で育てられた孤児。
魔法学校の同窓生であるユーリエへの恋心を断つため、巡礼の旅に出るというのがもう主人公としてレアすぎる。

1巻の未熟な少年としてのカナクもいいけど、2巻以降の5年が経過したあとのカナクは本当にいい…。
心がちょっとスレちゃってる感じや、信仰に生きることで「自分はこれでいいのだ」と思い込みたがっている感じの薄暗さがとても好き。
そんなカナクの変化が、結果的にとても強い愛情を描いているという構造。

アルマ


盗賊ギルドの幹部。2巻から登場。
普段は割と粗野な男ですがその反面異性への愛情にはピュアで、最終巻まで時間をかけて、ゆっくりとある一人への愛情を構築していく過程が尊い。
端的に言うと小学生男子みたいな男。
異性愛に関してはカナクやレニウス以上に彼が軸線になっていたと思う。
キャラの中では一番好き。

レニウス


カナクの同級生。ちゃんとした出番は3巻から。
嫁さんとの関係はもっと時間をかけて書いて欲しかったなあ。
ネウの護衛みたいな印象の方が大きくなってしまった。

スフィア


影砲士という役職を背負わされた少年。2巻から登場。
閉鎖的な環境に縛られた彼は、能動的に愛情を得ることができない状況にありますが、そこに飛び込んでくるレベッカの存在感。
スフィアの内心ももうちょっと掘り下げてほしかったけど、2巻の大半でおとなしい少年として描写されていた分、終盤のアイツ戦がとてもアツい。
2巻は実質レベッカ主役だったので、彼女の引き立て役になってしまった感がある。

かっこいい女たち

愛情がテーマだからっておしとやかで綺麗な女の子ばかりが出てくるわけではなくて、むしろ己の足でこの世界に立ってるんだ私は!と言わんばかりの強い女がたくさん登場します。
彼女らのタフさも、この作品の魅力の一つ。

ユーリエ


最初に登場する女の子だからか、多分意図的にストレートな「女の子」像としてデザインされた感じがする。
彼女の本領は5巻まで読み終わって初めてわかる感じですね。

ネウ


中盤~終盤の実質主役。
本作に「恋は相手を求める気持ち、愛は相手を慈しむ(自分の中で完結できる)気持ち」という描写がありますが、それを踏まえるとまさに愛の象徴みたいなヒロイン。

レベッカ


2巻の実質的主役。
もう色んな意味でものすごい強いヒロインだった…多分作中でメンタル最強。
「カナクのキセキ」の中心軸はマールでもカナクでもなくレベッカだった。

登場人物自体はもっと大勢いるのですが、物語を牽引していく人物となると、上記したメンバーくらい。
これも5巻でコンパクトに終わったゆえのメリットだと思いますが、目立つキャラが絞られているので、その分キャラ単位の密度が濃くなっていますね。

まとめ

「カナクのキセキ」はなんと言っても、読み味の良さと言うか、清涼感が良い作品でした。

味付けの濃いテンプレ的なヒロインだとか、ヒロイン同士の当てこすりだとか、無闇なお色気シーンだとか、そういう要素のない正統派の「富士見ファンタジア!」な作品。
特に昨今メディアミックスで目立っているようなラノベにくたびれた人には、ぴったりなんじゃないでしょうか。

全5巻という程よさもあって、テーマがブレることなく貫徹されているのも好印象。
愛情の描き方を、好きな人と結ばれたいだとか、愛情が裏返って憎悪になる、みたいな扱い方をせずに、完結した一個人の綺麗な感情として描いているところが本当に好き。

やるべきことはやって、見せるべきものは見せたので、この話はこれでおしまいです、という潔くスパッと終わる感じも良い。
長編ラノベになると、やたら番外編が増えたり、話が大きくなっていったり、年に1冊しか単行本が出なくなったり、劇中の要素が増えすぎて今何を争ってるんだっけ?みたいになったりしますからね…。

古いラノベ好きが、今の時代に読むに最適な作品だった気がします。
1巻出たの2011年ですけど。

結構がっつり語ってしまったけど、まだネタバレを含まない感想です。
ネタバレはこのあと書きます。

ネタバレあり感想

表と裏で描かれる時系列差の妙

いやもう、私はマールの正体がユーリエだなんて全く気付いてなかったんですけど。

石碑の内容があまりにもユーリエの話だったけど、もしやと思う前にミスリードを誘う「人によって見える内容が変わるのでは?」という話。
ネウがユーリエたちが見たものと同じ内容を語ったことで否定されましたけど、じゃあどういうことだ?という方向に思考が誘導されて、私の想像はマール=ユーリエ説には戻りませんでした。
ループものかな、とはちょっと思ってたけど、実態はもっとえげつないものだった…。

このマール=ユーリエを通して、見知らぬフィクション世界の宗教だったマール教が、ユーリエという主要登場人物の話に置き換わるんですよね。
裏としてなんとなく読んでたマールの旅路も、一転してユーリエの苦難の旅の物語に見え方が変わる。

1巻の導入を読み始めたときは、なるほど単行本1冊につき石碑1つを巡る冒険をするんだな、と思ってたんですよね。

まさか1巻のうちに石碑巡りを終えるとは思わなかったけど、結果として石碑巡りという要素自体が、マール=ユーリエのための伏線であり、ユーリエがカナクをどれだけ強く想っていたかを描写するギミックだったという。

それだけに1巻の終わりから2巻の導入で、ユーリエがすでに死んでいることを受け入れて聖神官として生きるカナクの姿は痛々しくもあり、主人公としてどうなのと思わなくもなかった。
1巻の時点で愛の物語だってのはわかっていたので、それにしちゃあビターすぎると思っていたけど、だからって魔王になるとも思わなかったよ。

ただその選択自体はユーリエが石碑で示したのと同じように、カナクがユーリエのことをどれだけ強く想っていたかという証左でもあるし、魔女と魔王というカップリングは言われてみると納得のいくものだった。

そしてレベッカですよね。
影砲士スフィアの戦いはあきらかに時系列を明示してなかったけど、まさかカナクの母だとは思ってなかった。
そういう「思ってなかった」がいっぱいあるのがこの作品の楽しさですよね。

リーゼがレベッカの前にあらわれて初めて「うん?」と気付けるこの構造。
(読者的には)同じタイミングで、カナクの前に同一人物が現れているという。
あの瞬間の不気味さは最高だった。

表章と裏章で時間の差を作りつつ、登場人物やテーマが絡み合って一つの物語として構築されている、この妙技。
本当にデビュー作なんだろうか。

ネウ

あまりにも悲しい。
カナクを黒夢から救うためにひたすら旅をしてきましたが、結局ネウにはカナクは救えませんでした。おしまい。

ひどくない!?

苦難の旅を通して白夢のことを調べて、決死の覚悟でイストリアルまで行って白夢の力をもらってきたのに、結局カナク相手に白夢の力は使えてないんですよ。
カナクは自力で闇落ちを乗り越えて、黒夢を全部消費しきってアルヴァダープを使い、想い人のところへ行っちゃったんですよ。
極端な話、ネウが何もせずマールの村で聖神官を続けてても、カナクは自力であの決着に到達していたんですよね。

報われない話だったからこそ、それでもカナクへの気持ちを貫いたネウの尊さが際立ち、すなわち愛の物語でもあるんですけど。
愛は己の中で完結できる感情ですからね…。報われなくても愛は愛。
だからって抜け殻になったカナクの体を介護し続ける様は、短いシーンだったとは言え痛ましすぎた。
アルマお前本当頑張ってなんとかして。

リーゼ

特にレベッカに感情移入して2巻を読んでいた身に、スフィアを雑に殺してあーあ、死んじゃったなんてやってたリーゼはかなり色の濃い悪党に見えていたのですが、あえて2巻でなく3巻で過去エピソードをやるというね。

あえて言うとイストリアルの王が悪いという話なんでしょうか。
イストリアル人は黒夢に弱いのだ、って言いつつイストリアル人のハーフであるリーゼに処分さすなや!

リーゼが銀獣人だった先代黒夢の魔王を倒していますが、つまり黒晶石は過去にも何度かできていて、それがどうやってかアレンシアに住む銀獣人の手に渡ってるんですよね。
過去にも誰かイストリアル人を犠牲にして、アレンシアに黒晶石を送ってたんでしょうか。

黒晶石の存在を認知してるなら、それを抑えられる白夢で対抗策とか用意しておこうぜ。

出来ればリーゼは悪役を貫徹してほしかったところですが、他の誰も知らない事情をカナクが察して、最後の最後で救ってあげたのは綺麗な話だった。
レベッカのこと考えちゃうと、もうちょっと苦しめや!という気にもなるけど。
世界観の構造を俯瞰して見ると、リーゼはアレンシアの生んだ毒でああなっただけだからなあ。

愛がテーマの作品であることを踏まえると、善悪論は挟まない方が綺麗に収まるのかな。

あと気になった点

アルマは童貞ですよね?

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